【後編】NMNとサーチュインの関係を探る:老化制御の可能性をひもとく

「長寿遺伝子」として知られるサーチュインは、近年、老化研究の分野で特に注目されています。このサーチュインの活性化に深く関わるのが、補酵素NAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)です。そして、そのNAD⁺を補う手段として期待されているのが、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)。今回は、NMNとサーチュインの関係、さらにマウスやヒト研究に基づいたその潜在的効果を掘り下げます。

サーチュインとは何か?

サーチュイン(SIRT1〜SIRT7)はNAD⁺依存性の酵素群で、DNA修復、抗酸化、炎症抑制、ミトコンドリアの機能維持など、老化の進行と密接に関わる生命活動の調節に関与しています。とくにSIRT1は、細胞内のさまざまな転写因子や酵素の脱アセチル化を介して、代謝や老化、炎症応答などの重要な生命活動を調整する役割を果たしています1)。たとえば、細胞の老化を進める「p53」や炎症に関わる「NF-κB」などに対して、必要に応じて“ブレーキやアクセル”をかけることで加齢による病気を防ぎ、細胞のバランスを保っていると考えられています2)。

NAD⁺は加齢とともに体内で減少していくことが知られており、それに伴ってサーチュインの活性も低下します。したがって、NAD⁺の補充はサーチュイン活性を再び高め、老化の進行を抑える可能性があると考えられています。3)NMNはNAD⁺の直接的な前駆体であり、経口投与されたNMNが体内でNAD⁺として利用されることが動物実験で示されています。マウスを用いた研究では、NMNの投与によって体内のNAD⁺レベルが上昇し、それに伴いサーチュイン、特にSIRT1の活性が高まることが報告されています。4)

NMNによる老化抑制の可能性:マウスモデルとヒト研究の知見

複数の動物実験から、NMNは老化に伴うさまざまな変化に対して保護的に働く可能性があることが示唆されています。

・老化マウスにNMNを長期投与した研究では、NAD⁺濃度の上昇とともに加齢性の体重増加やエネルギー代謝低下、身体活動の低下といった生理的変化が緩和され、SIRT1活性の増加も確認されました。また、血管老化や酸化ストレスの指標も改善され、血管内皮機能の回復も報告されています。4)
・NMNの投与により神経細胞のミトコンドリア機能が維持され、加齢マウスでの認知機能の低下が抑制されました5)。
・脳梗塞モデルでは、NAD⁺の分解が抑制され、脳組織の損傷が軽減されました。6)
・血管機能においては、加齢に伴う機能低下や酸化ストレスの増加がNMNの投与によって改善され加齢マウスにおいて動脈機能を維持または回復させることが報告されています。4)
・概日リズムや神経血管ユニットの機能もNMNによって回復し、加齢マウスにおける健康寿命の延伸が示唆されています。5)

加えて、ヒトを対象としたいくつかの初期研究では、NMNの補給によりNAD⁺濃度の上昇7)、小規模試験でのテロメア長の改善8、)血管機能や代謝指標の改善9)が報告されています。ある研究では、中高年者にNMNを60日間投与した結果、健康状態の改善とともに歩行持久力の向上が観察されました10)。テロメア長の変化は、細胞の老化に関する重要な指標の一つとして注目されており、NMNが老化に影響する可能性を示しています。

こうした動物およびヒトの研究の蓄積により、NMNがNAD⁺の枯渇を防ぎ、サーチュイン活性を高めることで、老化の進行を抑える手段として注目されています。

おわりに

NMNは、単なる抗酸化成分や美容素材としてではなく、老化の根幹に関わる細胞の恒常性維持や修復機能を支える可能性のある成分として、医療や予防の分野でも研究が進められています。今後は、ヒトでのさらなる検証が進むことで、その効果と安全性がより明らかになっていくでしょう。老化という避けがたい変化に対して、細胞レベルから働きかけるNMNとサーチュインの関係は、今後の健康寿命延伸の鍵を握るかもしれません。

2回にわたってお届けしたNMNとその周辺メカニズムについての内容が、老化や健康を考えるうえでの一つの視点となればと思います。

文献

1)Imai S, Guarente L. Ten years of NAD-dependent SIR2 family deacetylases: Implications for metabolic diseases. Trends Pharmacol Sci. 2010;31(5):212–220
2)Peng Kong,et al.,circ-Sirt1 Decelerates Senescence by Inhibiting p53 Activation in Vascular Smooth Muscle Cells, Ameliorating Neointima Formation: Front Cardiovasc Med
. 2021 Dec 17:8:724592.
3)Elhassan YS, et al.,Targeting NAD+ in Metabolic Disease: New Insights Into an Old Molecule. J Endocr Soc. 2017;1(7):816–835.
4)Kathryn F Mills, et al. Long-Term Administration of Nicotinamide Mononucleotide Mitigates Age-Associated Physiological Decline in Mice:Cell Metab. 2016 Dec 13;24(6):795-806.
5)Stefano T, et al. Nicotinamide mononucleotide (NMN) supplementation rescues cerebromicrovascular endothelial function and neurovascular coupling responses and improves cognitive function in aged mice:Redox Biol. 2019 Jun:24:101192.
6)Ji H Park, et al. Nicotinamide mononucleotide inhibits post-ischemic NAD(+) degradation and dramatically ameliorates brain damage following global cerebral ischemia: Neurobiol Dis
. 2016 Nov:95:102-10.
7)Masaki I.et al., Chronic nicotinamide mononucleotide supplementation elevates blood nicotinamide adenine dinucleotide levels and alters muscle function in healthy older men:NPJ Aging. 2022 May 1;8(1):5.
8)Kai-Min N.et al.,The Impacts of Short-Term NMN Supplementation on Serum Metabolism, Fecal Microbiota, and Telomere Length in Pre-Aging Phase: Front Nutr. 2021 Nov 29:8:756243.
9)Takeshi K.et al.,Nicotinamide adenine dinucleotide metabolism and arterial stiffness after long-term nicotinamide mononucleotide supplementation: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial:Sci Rep. 2023 Feb 16;13(1):2786.
10)Hao Huang,A Multicentre, Randomised, Double Blind, Parallel Design, Placebo Controlled Study to Evaluate the Efficacy and Safety of Uthever (NMN Supplement), an Orally Administered Supplementation in Middle Aged and Older Adults:Front Aging. 2022 May 5;3:851698.

井手口 直子

井手口 直子帝京平成大学薬学部教授・薬剤師

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